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【実家片づけを考える本】実家は自分の家かそうじゃないか問題
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「実家に帰る」という人は、実家が自分の家だと思っている。
「実家に行く」という人は、実家が自分の家だと思っていない。

この違いについて、考えたことがありませんでした。
この本を読んで、自分が後者で、世の中には前者だと思ってる人が多いんじゃないか、ということに思い至りました。

そして、それが親の家の片づけに関する不毛な争いやすれ違いを生んでいるんじゃないかと。


堀川波『実家スッキリ化

読んでいて、こんなに苦しくなってきた本は久々。
外的コントロールがそこかしこに満ちていたから。

この著者にとって、実家は「自分の家」なんでしょうね。
「自分の家」だから、自分がコントロールしてもいい、すべきと考えている。
たとえ年に二回しか行かなくても、一生、死ぬまで、自分の家。

親の家の片づけの本はいくつか出ていますが、こういう本もあってもいいかもしれません。
「ここまでして片づけないといけないのか?」「これってあり?」と問題提起になると思うから。

全編通して、著者の行動は、選択理論心理学でいうところの外的コントロールの信条に基づいています。

第一信条
私は外側からの簡単なシグナルに反応して行動する。

第二信条
私は、人がしたくないことでも、自分がさせたいことをその人にさせることができる。
また、他の人も、私の行動をコントロールすることができる。

第三信条
私の言う通りにしない人を馬鹿にし、脅し、罰を与える、あるいは
言うことを聞く人に褒美を与えることは正しいことであり、私の道義的責任である。


私は正しい。
私は実家を、実家の母を、コントロールできる。
母が間違っていたら、正してあげるのは娘の義務であり思いやり。
親の家を(私がいいように)片づけてあげるのは、愛情。

・・・しんどいなぁ。

「ひとつひとつが家族のヒストリーなので、母は捨てると怒るし、寂しがります。片づけを始めた当初、私がゴミ袋に捨てたモノを取り出して、『これはまだ使える』『今使ってるの!』と理由をつけては捨てさせてくれませんでした。
しかも私が実家から東京の自分の家に戻ると、『あれがなくて困ってる。どこに片づけたんや』とケンカ腰の電話がかかってくることさえありました。」
(p42)

「モノを捨てるイコール寂しいという気持ちもわかるのですが、これから10年、20年先を考えればそうも言ってられません。勝手に捨ててしまいたいところをぐっと我慢。両親に『捨てる?』と聞くと拒否反応を示すので、『これ、要る?』『使ってるの?』と、言葉に気をつけながらの確認作業が続きました。」(p42)

おかあさん、よく耐えたね。
私だったら、「もう帰ってくんな」「ほっといて」と言いそう。というか、言う。
「誰の家だと思ってんの」と言いたいと思ったけど「私の家だよ!」って返ってきそう。

「捨てるのを渋る母に効いた魔法の言葉は『もっといいのん、買ったるから!』」(p42)

これ、昔読んだ、衣類だったかをごっそり捨てて、「私が買ってあげるから」と船越英一郎さんに松居一代さんが言った、という話と同じ。→『[捨てる本47]松居一代『松居一代の超整理・収納術』

娘の「正しさ」。
「『なくても困らない』モノは『捨てるべき』モノ。」(p71)
「本当に大事なのはモノの量ではなく質」(p98)
「私の理想は家にあるモノすべてを使う暮らしです。」(p99)
自分がそう思うのは自由だけれど、それを他者に押し付ける権利はないと、私は思います。

「そこで私の『片づけブーム』が家族に新たな風を吹きこんでいます。
親にとってはありがた迷惑な話ですが、やっぱり楽しみ(作業)があったほうがいきいきとした気持ちになれるのではないか。両親と同じ時間を過ごしながら、そんなことを考えました。」
(p101)

ありがた迷惑、という自覚があればいいというものではない。

大好きな一冊、誰も死なないけどものすごく怖い、アガサクリスティの『春にして君を離れ』の主人公みたい。

よき母、よき娘であり、自分のしていることは家族のためであり、みんな私に感謝しているはず。
そんな誇りと自負がガラガラと崩れる、自戒のために出会えてよかったと思っている小説。
著者にも読んでほしいなー。

「今ではプロフィールに趣味は実家の片づけと書こうかなと思うくらい楽しんでやっています。次に帰ったときは、カーテンを替えようかな、タオルを買い替えようかな、なんて考えながらみんなが帰りたくなる実家を作っていきたいと思っています。」(p102)

お盆と正月の年に二回ほどしか帰らない実家の片づけを趣味、と。
お盆と正月の年に二回ほどしか帰らない実家のカーテンやタオルを買い替える。

実家は「元・自分の家」でもう「自分の家」ではないという感覚の私からすると、ものすごい違和感です。
親が望んでいて、それを手伝う、支える、プレゼントするならまだしも、住んでいる親より年に二回帰る自分の方が優先なのかと。

「『家族を思ってやってるんだよ』『片づけが好きだから趣味でやってるんだよ』というアピールを忘れないことがポイント。(略)
親は『あんたも、飽きずに好きね』という感じで私を見ていると思います。正直なところ、本当は片づけなんてしてほしくないけれど、私がどうしてもやりたいと言うから、やらしてあげてるというスタンスみたい。
でも、両親だけでモノを処分していくのは、やっぱり無理なのです。」
(p103)

片づけが好きなら、自分の家を思いっきり好きにやればいい。
飽き足らないなら、望んでいる友人知人の片づけを手伝ってあげればいい。
してほしくもないことを、「家族を思って」なんて言葉で誤魔化すのは、なしだ。
あー、でも、外的コントロールの信条のもとでは、これが正しい。
正しいけど、苦しい。

「私は家は生きているものだと思っています。家を生かしているのは、そこに住む人です。暮らしながら手入れをして、家が喜ぶことをしてあげられたらと思います。」(p106)

「そこに住む人」は親。娘じゃない。
「暮らしながら」できるのは親。娘じゃない。
「家が喜ぶことをしてあげられたら」いいと思っているのは娘。親じゃない。

「つつましくとも、きちんとした日々を明るく朗らかに(私が親に)過ごしてほしい。両親に対してそんな強い思いがあったからこそ、(親はさておき私が)実家を片づけようという気持ちになりました。(親はさておき私が)家族みんなを迎え入れてくれる場所であり続けてもらいたい。それが(親はさておき)私のいちばんの願いです。」(p107)

かっこは私が足しました。全体通しての違和感は、(親はさておき私が)なところ。

親の暮らす家は、親のもの。
その家でどう暮らしたいか、どんな場所でありたいと思うのか、それを決めるのは、親。娘じゃない。

(著者はさておき私が)そう思います。

あなたの感想も聞かせて下さい^^

堀川波著『実家スッキリ化

東條真紀
親の家は、サポートしたいけれど、お呼びがかかるまでは見守るポジションの、浜松のライフオーガナイザー、トトノエルの東條真紀でした。

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